精神病とは?

副院長 黒川 淳一

まずはクイズをお出し致します。我々が抱えている悩みとは、いったいどこから病気扱いでしょうか。病気ではない悩みと、病気との間の線引きは、精神科診療において、どこで行っているのでしょうか? 
諸説ありますが、ここでは大まかに、ご説明申し上げたいと思います。
ごく簡単に、結論から申し上げると、病気の悩みと正常の範疇にある悩みとの線引きとは、悩んでおられる方が生活遂行に際して支障が生じているかどうかで最後は決めている、障害者年金申請に際しても、生活遂行能力の評価は重要項目となっています。といっても過言ではないかもしれません。
精神疾患とは病気とそうでないものの境界線が曖昧です。しかも、それらを何かしらの検査で証明する事が出来ません。CTなどの画像検査や、血液検査であぶり出す、といった生物学的指標が確立されていれば、どんなに楽なことでしょう。目下、心理検査以外の方法がないので、その悩みを拝聴する精神科医の、多分に主観が混じったものをもって判断するしか他に手立てがない、というのが実情なのです。悩んだ結果、生活遂行に支障を来すようであれば、その悩みは病気扱いの枠に当てはめて支援する、という解釈をしている場合が殆どかと思います。

精神科における診断とは、例えば、抑うつ気分に付随するであろう一連の症状を“うつ”という“括り”(≒症候群、なんて言い方をします)として捉えて、時には“うつ病”という病名を付す、という手法を取っています。主体となる方の行動を観察したり、話を聴取したところ、確認された症状や言動などから最も当てはまる病名を付すやり方であり、これを操作的診断なんて言い方をします。“糖尿病”の“病”は、HbA1cが6.5%以上に当てはまる方に付けている病名(=disease)ですが、“うつ病”の“病”は、そういった括りにある(=disorder)方、という点で、実は解釈の仕方に大きな違いがあるのです。厳密には、類型病名に当てはめているだけに過ぎない、と言えます。
逆に何かしら逆境に晒されても困ってない場合もあるでしょう。障がいや病気を抱えていても、力強く生き抜いておられる方が良い例かと思います。困難を困難として受け入れてしまえば、困難に対して、何でも病名を付ける必要があるか、と言えば、それはNoでしょう。病名を付けるなんて余計なお世話、というコトになりはしませんか。

悩んでおられる方のお話しを、聞けば聞くほど共感できる部分が多いとするなら、それは本来、精神病が想定していた病気による悩み、とは捉えてはいないのです。片や拝聴するにつけ、なんでそんな事になってしまったのか、共感出来ない部分が多くなればなる程、その悩みは病的、と解釈しています。これをヤスパースのいう所の“発生了解不能”とか、シュナイダーがいう所の“意味連続性の中断”なんて言い方をします。悩みの文脈に理解出来ない点があって、意味連続性が中断するほどに病的、ということです。一方で、悩みの文脈に中断がなかったとしても、結果として生活に支障が出てしまう…例えば朝起きられないので出勤できないとか、不安で夜も眠れない、などがあれば、それを病気と扱っていい、というルールで診断を行っています。逆に言えば、悩んでいても快食快眠だったりするうちは、それは病気とは呼ばない、というコトでしょうか。

1)古茶:臨床精神薬理21(3):291.2018

(白帝ニュース 令和4年7月)


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