精神科医 多羅尾 陽子
児童外来を始めた最初の頃、とあるお母さんから受けた相談は『うちの息子、四歳になるのですがロールパンしか食べないんです。それも、どれでもいいんじゃなくて、このメーカーのこれ、と決まっているんです。ずっとロールパンだけ食べていて大丈夫でしょうか?』
そのうち何とかなりますよ、と答えながら私は内心ドキッとしていました。なぜなら、私も小さい頃、一つの食べ物にハマったらそれしか食べない子どもだったと親に聞かされていたからです。『陽子はスイカしか食べなくて、お弁当箱の中にスイカだけ入れて持たせたけれど、スイカの季節が終わってからが本当に大変だった』まだ三歳や四歳のことなので全く覚えていないのですが、小学校一年生になった最初の家庭訪問で担任の先生が最初に言ったのは『家では何を食べさせているのですか?』だったことは覚えていて、返答に困っている母親に代わって『味噌汁かけごはん!』と得意げに答えたことは覚えていました。
その時は何とかなりますよと曖昧なアドバイスしか出来なかったのですが、その日もう高学年になった自閉症の子が受診したので早速お母さんに相談してみましたら、笑いながら『大丈夫大丈夫、小学校に入って給食が始まれば治りますよ!』と豪快に笑い飛ばしてくれました。
確かに昭和の時代の給食ならそうかもしれない、何故ならあの頃は絶対給食を残してはならないという決まりがあって、私はもちろん掃除時間になっても食べている組でした。コッペパンは食べきれなかったら持って帰っても良かったので、どうしても食べられないものはコッペパンに穴を掘って詰めて持って帰り、帰宅途中にある川に泳いでいる水鳥達に食べてもらいましたが、詰められる量には限度がありましたから、詰められない分は泣きながら食べました。しかし、今の時代は違います。給食を絶対に残してはならないという考えは変わり、今は食べられないものは残していい、というルールになりました。そんな平成の給食で果たして食べられるようになるのか?そんな不安を吹き飛ばすくらい自閉症の子のお母さんの笑い声は力強く、妙に私を勇気付けてくれました。
その後も同様のケースは沢山きました。ふりかけご飯しか食べない子、飲み物はみかんジュースしかダメな子、野菜は絶対食べない子…皆、その数年後、小学校に入ると少しずつ食べるようになり“これしか食べない“ではなくなっていきました。無理に食べなくてもいい平成の給食体制でもちゃんと食べる種類は増えていきました。
一体何が起きたのか、それは私自身のことを考えると何となくわかります。ごく小さい頃はみんなと同じものを食べるという集団行動に興味が全くなかったのが、小学校に上がって、皆が給食を綺麗に平らげて褒められていることに気がつけるようになって、自分も食べられるものは食べてみようという気持ちが生まれてきて、食わず嫌いだったものに手を出して、そうして食べられるものが少しずつ増えていったのです。そんな心境になる時期は人それぞれですが、子どもたちを見ていると大体三年生くらいになると気がつくように思います。それでも定型発達の子と比べると偏食はありますが、ロールパンだけってことは絶対に無くなります。そして、それは家庭でお母さんが孤軍奮闘して頑張ってガッカリするより、集団の中で自ら気がついていく方が一番の早道だと思うのです。ということで、偏食は家庭の外で治すもの、というお話でした。
(白帝ニュース 令和4年6月)