院長 高沢 悟
コロナ、コロナであっという間の、同時に長い長い1年でした。更に今、第3波と云われる感染拡大を迎え、この愛知県でも予断を許さない状況になっています。当法人も犬山病院を中心に、内科経験のある先生方の指導の下、慣れない感染症対策を必死で身につけ「持ち込まない・拡げない」をモットーに対応しています。外来患者さんはもちろん、面会や外出の制限などで我慢を強いられている入院患者さん、ご家族・支援者の方、業務等で病院に関わる皆さん全員のご理解・ご協力に大変感謝しております。あらためて深く御礼を申し上げます。
新型コロナウイルス流行(SARS-CoV-2がウイルス名、COVID-19は疾患名)は、私たちに多くのことを考える契機をもたらしました。未知のウイルスはある意味平等に降りかかり、有名人でもお金持ちでも関係なく罹患し、命を落とした方もいました。一方で、その平等さ故に社会の歪みや今まで「常識」だった生活の基本に疑問を突き付けました。緊急事態宣言で巣ごもり生活を余儀なくされたとき、私たちの生活を維持できたのは、スーパーの店員さん、物資を運送する人、ごみの収集をする人など「不可欠人員=エッセンシャル・ワーカー」と云われる、縁の下を支える決して華やかではない人たちのお陰でした。しかし皮肉なことに、そういった人たちはアメリカなどでは非白人種、低賃金が多く、生活環境も密で十分な医療も受けられずにコロナ感染者が多発したと云います。今回、医療関係者もライフラインを担う職種と注目され、特にコロナ感染者を診るような救急医療の方々に賞賛とリスペクトが与えられました。でも本当は、生活を支える地道な職種の方も同じように賞賛されるべきでしょう。他方では、生活に必須ではないけれど、芸術やスポーツなどのイベントで“一体感”を得ることがいかに人間にとって必須の“余剰”であったかも再認識されました。
様々な文化や考え方があることも浮き彫りになりました。「マスク着用」という事象一つについても、感染防止の手段でしかない行為が、ある人の倫理観や正義を計る指標となってしまったり(もちろん未知の呼吸器感染に対して“ユニバーサル・マスク=その場の全員がマスク着用すること”は効果的です)、「安全」のためでなく主観的な「安心」のために、差別的な行為や自由な議論を封じ込めるといったことが起きました。本来ゼロ・リスクはあり得ないので、リスクを認識したうえで標準予防手段を維持するのが最も「安全」なのですが。強制的なマスク着用を、個人に対する国家権力の介入と捉え、猛反発する欧米の人と、“お上”に従順で、みんなと違うことを怖がる日本人との文化的差異も見え隠れしました(日本の感染制御が比較的うまくいったのは、非接触・清潔が浸透した文化だったことも一因に思えます)。
「ニューノーマル」という言葉が生まれました。感染防止という視点から変化を余儀なくされた日常は、リモート会議やテレワークなどの普及に拍車をかけ、さらには家族間の関係性や、私たちの行動・嗜好の変容までもたらしました。心配なのは、非常事態の下に半ば強制的に引き起こされた変化が、既成事実のように常態化し、それを誰も疑わなくなってしまうことです。十分な議論も納得もなくやり方が変えられ「ノーマル」となり、何を失ったのかも、それによって損失を受けた人がいたことさえ忘れてしまうことは怖いことです。もちろん変化は避けられませんしこの厄災が希望になる可能性だってあります。もしかすると新型コロナのお陰で、私たちは見えない人々に支えられて生きていられることに思いを馳せ、感謝や思いやりを強められたのかもしれません。
最後に星占いの話を。占星学的には2020年12月に木星と土星が揃って水瓶座に移動しグレート・コンジャンクションを形成します。その前の山羊座は物質や現実界を象徴し、水瓶座は情報、博愛、革新を象徴します。物質から非可視の価値への転換があると云われています。判じ物ですが、妙に今回の新型コロナ流行に符合する話でした。本当に博愛に満ちた未来が訪れることを期待しましょう。
(白帝ニュース 令和2年12月号)