診療部長 足立 加奈子
家庭菜園に憧れて、毎年夏野菜を少々育てていましたが、今年は離れて暮らす高齢の母の具合が悪く、バタバタしているうちに乗り遅れてしまいました。
そんなある日、お米の苗を木箱で育てるセットを見つけ、説明書がついていたのでこれならできそうかなと、挑戦してみることに。とりあえず苗を植えるところから、どうやるんだっけと戸惑いつつ、適当にギュッギュッと土の中に押しこみました。無事に育つかなあと半信半疑ながら、自然の力は素晴らしく、日に日に青々と伸びていきました。
朝仕事に行くとき、帰ってきたときは、必ず“いねちゃん”をチェックし、水を絶やさないように世話をしました。こんな小さな箱の中だけど、カエルとかアメンボとか来てくれたらうれしいなと思いながら、じーっと水の中を見ていると、小さな生物がたくさん泳いでいるのを発見。オタマジャクシがいる!と喜んだのもつかの間、なんだか頭が小さいし、ちょっと違うな。ボウフラかーとがっかり。
梅雨に入ると水が枯れる心配はなくなりほっとしましたが、今年の梅雨は寒かった。こんなに気温が低いと“いねちゃん”の生育に影響が出るのでは、と素人らしく心配する日々でした。さらに梅雨が長引いて、本来は土を乾かす時期に入ったのに、雨除けなど工夫をすることができず、水浸しのまま過ぎてしまいました。結局8月に入りようやく梅雨明けして、さあ土を乾かすぞーと思ったそのとき、“いねちゃん”に異変が。
穂が出ている!ガーンと衝撃を受けた私でした。きっと生育が遅れているなどと都合よく決めつけていた自分が恥ずかしい。“いねちゃん”は梅雨が寒くても長くても、きちんと季節の移り変わりを察知して、粛々と潔く育っていたのでした。
出穂前に土を乾かしてあげられなくてごめんね、という思いを残しつつも、穂が出てきたことは大きな感動でした。日に日に、仕事から帰ると穂が増えていき、まるで天の恵みが降ってきたように感じました。それにしても、細長い葉っぱから突然穂が出てきたようにしか見えません。穂がどこから出てくるのか、これまで知らなったし、考えたこともありませんでした。しげしげと観察して、ようやくなんとなくわかったという感じです。近所の田んぼを眺めていると、植えた時期か種類の違いなのか、場所により成長の段階が違うことも知りました。
次第に、穂にお米らしきものが実ってきました。うちの“いねちゃん”は、実りが細いようです。やはり収穫を得ることは簡単ではありません。お茶碗一杯分くらいはあるのかな?と想像しています。日本人が毎日口にすることができるお米の量を考えると、気が遠くなるほど膨大なものです。農家さんや自然の力のおかげであり、本当にありがたいことです。食事の時、つい何か考えながら、何か見ながらになりがちですが、いただきます、ごちそうさまの気持ちを大切に、味わって食べようと、この歳で改めて実感しました。
とある日、犬山病院からの帰り道、夕日の中で稲穂が金色に輝いて見えて、はっとしました。小さな“いねちゃん”のおかげで、いつもの秋の景色が特別なものに変わっていました。
(白帝ニュース 令和2年10月)