一滴の雨水

事務部長 中島 久志

数年前に退職されたOさんが亡くなったことを知らせる手紙が、Oさんのお姉様から今年の3月に病院に届きました。そこに綴られていたのは、Oさんが10代の後半に当院を受診し名誉院長(当時は院長)の診断によりご本人もご家族も気持ちが救われたこと。 入院中に学校に通わせてもらい、資格を取らせてもらったこと。さらに職員として採用され、定年後も含め50年近く働かせてもらえたことについての深い感謝の言葉でした。名誉院長は仕事の上ではご自身にも職員にも厳格な姿勢で臨まれましたが、職員の生活のことも常に気にかけていらっしゃいました。昨年末にお亡くなりになった名誉院長の遺徳が改めて偲ばれました。

私事で恐縮ですが、6月に父宛のお中元が私の自宅に転送されてきました。父が4月に亡くなった後、空き家になった実家の郵便物の転送手続きしておいた為です。差出人のKさんは、父が満州でお世話になった方で、毎夏お中元を交わしている方でした。お礼の品とともに父が亡くなった報せを郵送しました。Kさんからすぐにお電話をいただき、満州から密航船で引き揚げる時にソ連兵に捕まって、怖くて手を握り会い励ましあったことなど当時の話を聞かせていただきました。ひ孫の顔も見て逝ったことをお伝えすると、安堵するように「それはよかった」と言っていただきました。終戦直前に10代後半で渡満してから、2年後に帰国するまでの詳細を父が勤務していた会社の社内報に書いていたことを思い出し、探し出して読み返しました。平和な時代に生まれ育った私には想像を絶する体験が、そこに書かれていました。妻(私の母)を亡くしてから20年近く一人暮らしを続けた父の「強さ」は、戦中戦後の体験にも由来するのでしょう。

この2つのエピソードをここに書こうと思ったのは、以下にご紹介する村上春樹の文章(文藝春秋2019年6月号掲載)の一節に得心が行くものがあったからです。
「言い換えれば我々は、広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを<受け継いでいく>という一滴の雨水の責務がある。我々はそれを忘れてはならないだろう。たとえそれがどこかにあっさりと吸い込まれ、個体としての輪郭を失い、集合的な何かに置き換えられえて消えていくのだとしても。いや、むしろこう言うべきなのだろう。それが<集合的な何かに置き換えられていくからこそ>、と。」

老朽化した設備の改修、人事考課システムの刷新など課題は山積しており、今後も「一滴の雨水」として尽力してまいりますが、来年の秋には定年を迎えるため、私が事務部長としてこの巻頭記事を書くのは今回が最後になります。18年前の母の時も、半年前の父の時も、病室で最後にかけられた言葉は「ありがとう」でした。少し早いですが、お世話になった皆様にこの紙面をお借りして一言。
「ありがとうございました」

(白帝ニュース 令和元年11月)


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