「・・・私以外私じゃないの 当たり前だけどね・・・」

精神科医長 朱雀 五十四

この歌詞はタレントのベッキーと不倫関係にあった「ゲスの極み乙女。」という、差別的なニュアンスを感じさせる名前をもつロックバンドのリーダーが書いたものです。
たしかに私=自己、私以外=非自己であり、「私≠私以外」のようです。しかし本当に「私以外私じゃないの」と明確に言い切れるものなのでしょうか?精神科医としてはとても気になるところです。ここでたとえばわかり易く、私は「身体(肉体)の私」と「精神の私」という2つの「私」からできているとします。ではまず「身体の私」は一体どのようにして認識されているのでしょうか?
わずか数ミリの厚さの皮膚で境界された、この皮膚の内側全体が「私である」と私の脳が認識しているのでしょうか。デカルトの言う「我(われ)思う、故に我あり」の言葉のように、いま考えている私の脳が「私」を認識しているのでしょうか?

答えは否です。脳ではありません。免疫系です。免疫系では「自己」と「非自己」を脳に依存することなく独自に判断し、「私以外」のものに対しては攻撃を行ない、排除しようとします。しかし一方、免疫系が認識する「私」というものも実は曖昧なものであり、たとえば自己免疫疾患という病気では自己である「私」に対してさえ攻撃をするのです。これらのことを免疫学の第一人者であった多田富雄は「免疫系では初めから何かが決定されているのではなく、自分で自分を作り出し、外界に開かれたシステムになっていて、これをスーパーシステムと呼ぶ」と言っています。つまり免疫系では外界からの情報により、自分自身で自分(私)を変え、そして自己(私というもの)を決定していく、という独自のシステムをとっているのです。このことは、「私」と「私以外」を決定・判断する免疫系においてさえ「私」というものが不確かなものであることを示しています。

次に「精神の私」については、どうでしょうか?旧約聖書第2章7節には「神は地の塵(ちり)から人を形作り、その顔に命の息を吹き入れ、こうして人は生けるものとなった」とあります。つまり、人間には肉体以外に「命の息(=心、魂、霊)」があることになります。そして「命の息」を吹き込まれた人間は、成長とともに自我を形成します。一方、自我からは執着心などが生じることから、「自我にとらわれない無我の境地が大事である」などと言われます。しかしこれは誤解です。なぜならここでは「自我がないこと=無我」と理解されているからです。仏教における「無我」の本来の意味は、この世の中には「我(が)=アートマン=実体」などは存在しないということであり、それゆえ「我(が)はない=無我」といっているのです。つまり無我とは「実体(=我)」などはこの世に存在しない、という意味なのです。では実体とは一体何なのでしょう?

それは、 ①:それ自体で存在が可能であり、②:変わることのない本性をもっており、そして③:永遠に存在するもの、のことを言います。そして仏教ではこのような「実体」なるものは存在せず、すべてのものは変化を続け、またそれ自体で存在するのではなく、縁(=関係性)によってのみ存在している、と考えているのです。つまり「私」などという実体はなく、様々な関係性の中で変化しながら「私」は存在しているということになります。
さらに自我についていえば、人間は成長の過程で自我を作り上げていきます。この自我なるものは成長のある段階までは必要なものです。しかし我執(がしゅう)にまみれた自我は仏教においても否定されるべきものであり、さらにいえば、自己の意識レベルの発達とともに超越していくことが必要です。つまりトランス(超える)・パーソナル(個)です。このトランスパーソナル心理学において、自我を超えた意識レベルの段階では、そこには「私」というものは存在しません。結局、身体的にも精神的・宗教的にも、さらには心理学的にも確固たる「私」というものは存在しないことになります。

「私以外私じゃないの」などと排他的に考えることをやめる。そして「私以外も私なのかも?」と他者の存在も認める。そうすれば、この世界はもう少し平和で住みよい世界になるのかもしれません。

(白帝ニュース平成28年5月)


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