臥龍山 行基寺(がりょうざん ぎょうきじ)
事務部長 中島 久志

10月1日より事務部長を拝命致しました中島です。甚だ未熟ではございますが、皆様からご指導、ご鞭撻頂きましたことをしっかりと踏まえつつ、院内の方々のご教示を仰ぎながら精一杯務めたいと思います。何卒よろしくお願い申し上げます。
この度の拝命にあたり、犬山病院への思いと重なるお寺があります。それは養老山脈の中腹にある行基寺です。約1300年前に洪水の被害を目の当たりにした僧・行基が、聖武天皇の勅願を得て、美濃・尾張・伊勢の三国の守護霊場山として菩提寺を建立したのがその始まりとされています。南北朝動乱の兵火により全山焼失した際には、尾張津島の領主や信徒らが再びこの臥龍山の地に伽藍を建立、約300年前に高須松平家の菩提寺として境内および全伽藍を城郭に見立てて改築され今に至ります。(行基寺ホームページを参照

初めて訪れたのは学生の頃。曲がりくねった急こう配の山道は車一台通るのがやっと。運転する友人は免許取りたて。うなりを上げて登って行く車の助手席で覚える微かな不安。車から降りて緊張から解き放たれ、まず目にしたのは、城壁のような石垣と堂々たる威容を誇る三門。家紋『菊葵』が彫刻された門扉をくぐり、巡る寺院の至る所に施された家紋に思わず「本物だ」と声が出てしまいました。その後数回訪れ、次第に足が遠のいていましたが、昨秋、紅葉が見たいと思い立ち、ほぼ25年ぶりに息子の運転する車で出かけました。助手席では、やはり微かな不安。登り切ると、眼下には秋の日差しに豊かに色づいた濃尾平野が広がっていました。境内に足を踏み入れると、以前と変わらぬ手入れの行き届いた回廊式の庭園と、そこにつながる山全体が錦に彩られていました。期待以上の景色と書院で頂いたお抹茶に、しばしの殿様気分。大仏建立の勧進のため諸国を行脚していた行基がここから見た当時の眺めは、どんなであっただろう。この美濃高須藩松平家出身の四兄弟、尾張藩主徳川慶勝、徳川茂徳、会津藩主松平容保、桑名藩主松平定敬は幕末から明治維新にかけて大きな役割を担い歴史に名を残しました。彼らはこの景色を眺めながら何を思っただろう。そんなことを思い巡らせてしまうのは、随分老朽化が進んではいても、伝統の重みを感じさせるこの建物のせいでしょうか。

さて、犬山病院は昭和39年に「薬より愛を」を信条に、吉田名誉院長が開院されました。今年、法人として50周年を迎えることができたのは、地域の皆様のご理解や多くの取引先のご支援、そして言うまでもなく患者さんやご家族のご信頼のおかげです。4月には外来と2つの病棟からなる本館が竣工し、10月には、犬山市長、塔野地区長をはじめ多くのご来賓にお越しいただき、盛大な記念行事を行うことができました。
流れる時のうちに、人々の日々の営みによって培われた文化・伝統は、行基寺と同様に犬山病院にも間違いなく存在します。しかし、伝統も手入れを怠ると老朽化が加速します。次の半世紀も皆様のご信頼に応え続けるには、革新を恐れてはいけません。そのためのキーワードは『風・光・楽』ではないでしょうか。元々は8年前に西病棟増築の際に理事長が考えられた建物のコンセプトでしたが、その後は様々な場面でこれが行動や思考のベースに活かされています。名誉院長は「地道に働く職員に“光”をあててその労に報いたい」と、理事長は「患者さんに満足して頂くためには、新しい企画(アイデア)が大切だ。それが職員みんなのモチベーションを上げ、明るく“楽”しい職場につながる」と常々おっしゃいます。
伝統や革新も、そこに集う人々の相互理解と信頼の上に築いていかれるのだと思います。そのために、コミュニケーションという“風”通しが良くなり、新しい“光”が差し込むよう窓を開けて回ることや、網戸や雨戸を立てて“風”あたりから大切なものを守ることも事務部長の役割の一つと心得、皆様に『風・光・楽』を感じていただける犬山病院であるよう取り組んでいきたいと思います。

(白帝ニュース平成27年12月)


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