旅で学んだこと
院長  井上 泰弘

今年のGWは家族と伊豆の下田を旅しました。ご存じのとおり明治維新のきっかけとなったペリー艦隊来航の地です。温泉もあるのでのんびり海を眺めながら湯につかっておいしいものを食べて・・・という計画でしたが同時に歴史の勉強もできました。

下田は伊豆半島の南のはずれにある良港で古くから開けた土地でした。東京湾(当時は江戸湾ですか?)の入り口にあたるこの土地に4隻の黒船が煙を吹きながらやってきたのが1853年のことです。ペリーは大砲をちらつかせながら幕府に開国を要求し、これが世の中をひっくり返すような大騒ぎになっていきます。そして本当に国がひっくり返ってしまうわけですからこの黒船を最初に見た人々の驚きはどれほどのものだったでしょうか。

今ちょうどNHKの大河ドラマでも幕末ものをやっていますね。もうドラマ上では死んでしまった吉田松陰が外国を勉強するために黒船に乗り込もうとしたのもこの下田でした。彼らが小舟を漕ぎ出した後には銅像が立っています。

この時代のキーワードは「攘夷(じょうい)」ですね。「攘夷」とは「外国人を打払う」という意味で元々は中国の春秋時代(大昔ですね)の言葉だそうです。島国である日本はそれまで外国に侵略されることは「元寇(げんこう)」くらいしかありませんでした。それがにわかに現実味のあるものになったわけですから大変な緊張と恐怖感があったわけです。江戸300年の太平の後の大騒動には「外国からの侵略を食い止めなければ」という危機感が背後にありました。そしてそれは国を不安定にするとともに、ある集団をまとめ上げる原動力ともなっていきました。「攘夷!」なんて叫ぶと今でもなんだか血沸き肉躍るような気分がする・・・という人は大河ドラマの見すぎです。冗談はさておき、私は今のアラブで流行っている(?)アルカイダやISなどのテロ集団も「攘夷運動」のようなものじゃないかと思う時があります。背後には「欧米にいじめられ搾取され続けた」というアラブの人たちの怨念があるらしいのです。

さて日本の攘夷運動は明治維新と開国によって一段落となります。しかしこの後も形を変えて続いていたのだという見方もあります。いわゆる「富国強兵」とは外国から侵略されないように国を強くする、というのが一大目的でした。そのために明治時代は灰神楽が立つような忙しさで近代化にまい進します。日露戦争が辛くも勝利に終わったとき「これで攘夷は終わった」とつぶやいた軍人がいたそうです。しかしその後も日本は戦争への道を歩み続けついに太平洋戦争で世界中を相手にして戦い、無残な敗戦を迎えるのは皆さんご存じのとおりです。

その後70年、今では「どこの国とも仲良くやって行こう」といえる時代になっているのは本当にありがたいことですね。この幸福が続くように努力していかなければならないと改めて思ったことでした。


(白帝ニュース平成27年6月)


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