「見える化」の後ろに潜むもの
副理事長 高沢 悟

前回の宮脇事務長の巻頭言をリレーする形で、今回は日頃感じていることを取り留めなく書かせてもらおうと思います。標題を「見えるものと見えないもの」にしてもいいかもしれません。
企業でも医療機関でもこのところ可視化(みえる化)ということが重視されています。その一つにマニュアルがあります。多くの事柄にマニュアルが作成され、巷には実に様々なマニュアルが氾濫し、それが“実証的基準”のように扱われています。こうしたマニュアルはもちろん有意義なものでもあって、名人芸や個々の経験知(勘)のみに頼ることなく、誰でも一定の作業水準が保てるという利点を持っています。それはそれとして問題になるのは、そのマニュアルが使われる前提なのではないかと思います。「マニュアル」は飽くまでもルールブックのようなもので、それを使いこなすためには日頃のトレーニングや活動の前提になる自分自身の健全さがあることがともすれば忘れられがちです。「見える化」は飽くまでも日常の業務をスムーズに行うための補助的なもので、それ自体を正当化するものではありません。むしろ数値化されにくい無形のものや理念、自分が最初に感じた思いといった内発的なものこそが可視化の先にあるのではないでしょうか。ゲシュタルト心理学的に云えば、図よりも地の部分こそ可視化の前提となるものですし、コンピュータで云えば、デフォルト状態があってこそ何らかのタスクが行えることに似ています。最近の脳研究では「何もしていない時の」脳活動が注目され、各部位がそれぞれ同期する機能的結合性の知見が多く報告されています。いわば脳のデフォルトの研究です。私たちは空気のような当たり前のことはどうもなおざりにしがちですが、その前提を問わねばならない時代になったともいえるでしょうか。

ところで、私たち精神科医は時に「検査もせず話を聴いただけで診断する」と思われています。「見える化」の点からは、精神科疾患において何らかの生物学的指標、「異常値」が発見されることは私たちの長年の夢で、病気の重症度や治療の効果が可視化され、更にその病気であるかどうかが客観的指標を用いて示すことができれば患者さん本人もご家族も、そして私たちも共通の指標に基づいて意見を交わすことができます。そうすれば治療方針をシェアして決定することがし易くなるでしょう。先日参加した神経生理学の学会でも統合失調症のガンマ帯域反応やMMNと呼ばれる誘発電位活動などの指標が論じられ、ほかでも眼球探索(固視)運動などの生理学的指標や遺伝子関連の表現型との相関研究など日々様々な知見が蓄積されています。光トポグラフィーがうつ病の補助検査として条件を満たした医療機関では保険適応となったこともそういった進歩の現れです。しかし、そういった指標が未だ一般的ではない段階で、早期介入、早期治療といった先制医療が現実味を帯び、5大疾病と見倣されるようになった精神疾患の健診(メンタルチェック)が義務化さえされようとしています。我々の参考にする「診断マニュアル」は飽くまで「操作的診断基準」であって病態を特定しているものではありません。従って疾患単位ではなく「症候群」的なスペクトラムに過ぎない点では、それに対する「早期介入」はある意味原理的に辻棲が合わないことになってしまいます。それでも医療現場は待ったなしの世界ですから、そんな悠長なことは云っていられません。情報過多の中、社会全体が「精神医療化」しマニュアル化され分類されてしまう現代においては、私たち医療従事者は自覚的に、常に行われていることは相対的な性質を含むものだと考えていなくてはいけません。脳科学が進歩し、あたかも生化学的な「自己」が証明されたかのように報道されますが、研究の成果と私たちが生活を営んでいる現実とは相当な乖離があるように思えます。少なくとも、見えないものを扱っている以上そこには何か別の判断基準が入り込む危険があることを常に気を配っていなくてはいけません。少なくとも私たちは皆、実際にかけがいのない唯一の生を営み、それぞれが一期一会の瞬間を送っているという事実、その前提こそを忘れないようにしたいと思います。

(白帝ニュース平成26年12月)


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