東海道新幹線・今昔
理事長 吉田 弘美
 
新幹線が営業運転を開始して、今年で50年になるという。東京オリンピックに合わせての開業だったようにも記憶している。若い人は知らないと思うが当時の新幹線の開業までの謳い文句は、「夢の超特急ひかり」というものでした。今じゃあ夢という言葉も、超という言葉もとても簡単に使われますが、当時この言葉を一つ使うのにも相当な覚悟が要ったと思います。それが、「夢」と「超」二つも組み合わされた「夢の超特急ひかり」にはとても大きな衝撃を受けたのを覚えています。そしてこれが現実のものとなった時の驚きは、霧にかすむ未来を一気に鋭い光で鮮やかに映しだし、目の前に差し出されたようなものでした。蒸気機関車の垂直の座席しか知らなかった私にとって、新幹線の座席はまさに未来から来た感がありました。今では、もう廃止されてしまっていますが、当時の新幹線には乗客なら誰でも冷たい飲料水が紙コップで飲める装置がついていたり、食堂車があったりビュッフェ(立ち飲み食いする車両)がついていたりとても楽しいものでした。車内販売や食堂車、ビュッフェの営業業者も列車ごとで異なり「帝国ホテル」「ビュッフェ東京」「日本食堂」などが入っていました。それは乗車するまでわからずとても楽しいものでした。(これは国鉄だったからでしょうね。)ビュッフェにはアナログの速度計がついていて、その時の車両の時速を表示してくれていました。200キロを超すと周りから、「おぉ!」なんて声が出たりするのが、とても楽しかったように記憶しています。そうそう、携帯電話なんて夢のまた夢だった時代、新幹線車内から電話ができる、なんていうのにもひどく驚いたものでした。
今は・・・・時速は当時よもさらに上がり、東京―名古屋間は最短1時間36分ほどに早まり、そのせいか、食堂車もビュッフェも冷たいお水が飲めるサービスも消えてなくなりました。
「ひかり」と言う列車名も今では1時間に2本のみで、一番速い列車名は「のぞみ」となっています。
かっては「夢の超特急ひかり」と言われ、輝かしい未来を予見させてくれた高速鉄道でした。しかし今では合理的解釈によりただ単に「人」を宅急便の荷物のごとく、速く大量に正確に移動させることが正義となりました。そこには、何も楽しみはありません。移動の理由は人それぞれ様々です。だからと言って、速さが全てのサービスを凌駕していいのか…なんて思ってしまうのです。確かにコーヒー一杯をのむのでも、場所で違うのです。「口に入れば一緒じゃない。」…などと言う輩はさておき、今でももう一度見たい風景の一つにビュッフェ車両の少し大きな車窓からの凛とした富士を眺めながら飲む、今でも味を覚えている不味かったコーヒーをもう一度飲んでみたいとおもいます。そう考えるとサービスって何か一つを先鋭的に提供してもダメなんですね。常に色々な要素の掛け算で考えないと。国鉄からJRになってサービスはどうでしょう?
我々の医療サービスも独りよがりにならぬように、くれぐれも御用心御用心。 

(白帝ニュース平成26年7月)


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