東日本大震災

診療部長 日比野 良弘

東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。秋も深まり寒さがこたえるこれからの季節何卒お体を御自愛下さい。
平成23年3月11日金曜日の午後2時46分宮城県牡鹿半島沖130㎞の海底を震源とする未曾有の大地震が発生しました。丁度その時私は外来診察室で職場復帰を控えた男性と面接を行なっていました。600㎞以上離れた病院の診察室でも、それほど強くはないものの地震とはっきりわかる揺れでした。その後に揺れはなく、さして気にもせず仕事をしていたら夕方院長から「ものすごいことになっている」と聞き食堂のテレビを見に行きました。記憶は曖昧ですが津波に襲われた直後の気仙沼の映像を映していたと思います。その日以来連日テレビではコマーシャルを中止し被災地の様子を映していました。後日震災は日本における観測史上最大の規模でマグニチュード9.0の大きさであると発表されました。建物の倒壊は比較的少なかったものの死亡・行方不明者の合計は約2万人でその多くは津波による犠牲者でした。津波によって300以上の漁港が壊滅的被害を受けました。また震災に引き続く福島原発事故では当初の楽観的な(?)解説は完全に否定され今も尚今後の見通しが立たない状況のままです。
繰り返し放送された映像の中には津波が陸地に襲ってくる様子を上空から捉えたシーンがありました。映像は津波から逃げるように海岸線に平行する道路を走っていく車を追っていました。建物をなぎ倒しながらゆっくりと津波が迫ってきます。映画のようでした。津波が車ぎりぎりに迫ったところで別の映像に変わりました。恐らく編集されたのでしょう。
震災に関連したテレビで心に残った放送が二つありました。両方とも夕食後しばらくしてゴロンと横になりながらたまたま見ていたものです。一つは、何とか行われたある被災した漁港のささやかな夏祭りを扱ったものです。30、40代ぐらいの10人にも満たない男達が神輿をまだ壊れたままの岸壁に置き整列します。リーダーの男性が海に向かって叫びます。「聞こえますか!聞こえますよね!」、妻を失った男は肩を震わせながら声をたてずに涙を流し続け直立していました。一通り儀式が終わると男達は互いに黙礼し穏やかな笑みを浮かべました。もう一つは震災後に行われた中学校の卒業式で答辞をよんだ男子生徒の当時と今を扱った番組でした。卒業式で、被災し友人達を失った卒業生の代表が泣きじゃくりながらも健気に答辞を読み上げます。彼は「…天が与えた試練というにはあまりにも過酷な試練です。しかし僕は天を恨まず生きていきます…」と読み上げました。
戦災にせよ震災にせよ被災を体験した人間は大なり小なり心に傷(トラウマ)を負います。体験は「編集する」ことはできません。後日安全な場所から眺めるものでもありません。体験するとは、今、まさに、ここで行われることです。体験は個別的なものです。多くの事は理不尽で体験した本人が語らなければ活字や映像からは永遠に記録として残ることのないものです。トラウマは体験の恐怖を蘇らせるだけではなく生き残った者に負い目や罪悪感をもたらし、「お前の行動はそれでよかったのか」と折に触れては自問させ、責めながら自分を否定させようとします。
人は天の下で生きています。天に逆らって生きることはできません。海辺で生きる者にとって海を否定することは自分を否定することです。時に残酷で不条理な海に対しそれでも尚その豊饒に感謝し、畏敬し、和解し、「普段通り」生活しようと一歩を歩む姿に人間のもつトラウマに対する自己治癒力と希望を見た思いがしました。どんな時も天才バカボンの父は最後にいつもこう言い切ります。「これでいいのだ」と。

(白帝ニュース平成23年11月)


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