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患者様、患者さん

診療部長 日比野 良弘

 患者さんのことを医療機関が患者様と呼ぶようになったのはいつの頃からでしょうか。それほど古い話ではないと思いますがどなたか教えていただけないでしょうか。できれば誰がそう呼び始めたかもお願いします。

 先日コンタクトレンズを交換しに行きました。毎月小額の金額が引き落とされ年に一回無料(?)で交換できるというやつです。もちろん眼科医の診察を受けます。待合室はきれいでゆったりして雑誌も多く、いい感じでした。そこでは私は様づけで呼ばれてもなんの違和感もなく、そもそも医療行為を受けているという感覚はありませんでした。しかし私が何らかの主訴を持つ患者として受診した時、さらに何度も通院している場合に主治医から様づけで呼ばれたら違和感を感じます。医療機関の経営が患者さんなしでは成り立たないのは当然です。そういう意味では患者様なのでしょうが患者様という表現は何が起こるかわからない生身の患者さんと向き合う現場からは出てこないものです。現場の人間は「様」の方が「さん」より丁寧だとは考えませんし今のところ自然発生的な丁度良いお互いの関係は私は「さん」づけだと思います。

 さて話は変わって、最近日本中で産科、小児科を中心として病院医師が不足し診療科閉鎖の病院が現われてきています。この現象については虎の門病院泌尿器科部長小松秀樹氏著の「医療崩壊」に詳しく書いてあります。この中で私が興味を覚えたのは本の内容全体からは傍流の日本医療機能評価機構についての箇所です。少し引用させてもらいます。「厚生労働省は望ましい病院像の作成と、その検証を日本医療機能評価機構に委ねている。日本医療機能評価機構が病院を評価している。評価内容について、手引書がある。評価項目は数百に及ぶ。評価項目の内容はわが国の医療の現場から出てきたものではなく、翻訳作業の産物を想像させる。要求は極めて厳しい。理想を追い求めている。予算不足と人手不足にあえぐ現場の実情と大きく乖離している。正直にいって、現在の人員配置でこの要求を日常的に満たすことは絶対不可能である。数ヶ月にわたり準備をして、審査のときだけ遵守しているような体裁を取り繕う。これを日本医療機能評価機構は良く知っているはずである。この作業でどこまで医療が改善されるのか考えるべきである。病院の審査が一巡りするところまでは、全体として、病院の機能が向上する方向に働くかもしれない。輸入された理想的病院像が、適切かどうかは別にして、各病院の上層部に浸透する。しかし、現在の低い入院医療費をそのままにして、このような実質を伴わない壮大な儀式を行い続けるとなると、現場の士気への影響が大きい。日本医療機能評価機構の活動も再検討すべきである。その非現実性故に医療崩壊を助長している可能性すらある。」厳しい内容の文章です。天下の虎の門病院と、一精神病院の犬山病院とではその準備作業も比較にならないでしょうが読みながらつい頷いてしまいます。

 調べてみると患者様という呼び方は厚生労働省の「医療サービス向上委員会」が2001年11月に「国立病院等における医療サービスの質の向上に関する指針」を打ち出し当時の国立病院に患者の呼称の際、原則として、名前に様を付けるよう求めたことから始まるようです。私にはそれが「サービス」向上になるのか疑問です。もっと言えば患者さんでなぜいけないのか不思議です。単なる呼称の変更ではありません。恐らく患者さんを患者様と呼ばせたい大きな流れがあるのでしょう。そして今その流れの中で泳ぐのをやめようとしている現場が日本のあちこちで見られます。その流れを背景に現在の日本医療機能評価機構もあるのではないかと思います。

参考文献) 小松秀樹 著 『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』 朝日新聞社,2006

(白帝ニュース平成18年9月)


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